第三回大岡信研究会レポート
第三回大岡研究会は、元外務省員で早稲田大学アジア北米研究所招聘研究員の越智淳子氏による「大岡信と西洋文化―翻訳、旅、人との出遭い―」と題した講演でした。氏は、外務省に入省以来、在外勤務としてシカゴ、英国、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、ポートランド等の大使館、総領事館で広報・文化交流を担当しましたが、その中で、英国、ノルウェー、ハンガリーで大岡信の講演を企画し実現してきました。
講演では、大岡の西洋との関わりを、大岡の十代にまで遡って、ボードレールやエリュアールなどのフランス詩との出会いや、海外の詩をどう日本語にするかという「翻訳」の試みが、大岡自身の詩作にも影響を与えたこと、また西洋美術批評と美術書の翻訳、シュールレアリスム研究など、大岡の仕事において、西洋文化との関わりが如何に大きかったかを明らかにしていきます。と同時に、大岡の場合、ボードレールと新古今集を同時に耽読するなど、日本の古典詩歌への強い関心の持続にも注目しました。最初の西洋への旅である1963年のパリ青年ビエンナーレへの参加で、フランス語を流暢に話しながらも、「人はことばの海に生まれて来ること」を再認識し、大岡のことば―日本語をあらためて考え続けることにより『紀貫之』や『うたげと孤心』のテーマが醸成されてきたことにも言及しました。
海外への旅は多くの詩人や画家との出遭いを育み、例えば、1976年のロッテルダム国際詩祭で出会ったトマス・フィッツシモンズ氏は、のちに大岡が海外連詩を始める重要な出会いとなりました。
1980年代から90年代の経済大国を謳歌していた日本に海外からの関心は高く、特に欧州では大規模な日本文化紹介事業が数多く催され、大岡もスウェーデン、ドイツ、フランス、オランダなど様々な国から招待され、講演、シンポジウム、そして海外詩人との連詩を実現しました。1996年にはマケドニアのストルーガ詩祭で権威ある金冠賞を受賞するなど、高まる評価とともに大岡作品は各国語に翻訳され、世界に広まっている状況も紹介されました。越智氏が企画したロンドン大学、オスロ大学、ハンガリーの日本研究者のための大岡信の講演は、ありがちな日本文化紹介とは違って極めて高度でしかもわかり易く、おもしろく、聴衆の質問にも丁寧に応じて、海外の聴衆は、いずれも深く感銘したとのことです。
「すべてのコミュニケ-ションは究極において翻訳である」と考える大岡の、海外での圧倒されるほど豊かな量と質ももった仕事を、現場に立ち会った一人の外交官の視点から、様々なエピソードを交えて紹介しました。
渡辺竜樹(大岡信研究会会員)