『アメリカ草枕』の中の短歌
◆大江山酒呑の棲める岩屋かもそこへ小栗鼠がちょこちょことくる
◆ばたばたと赤岩わたる虫のあり名をシ知らざればバッタにしておく
◆目で測る高さなどあてにならねども岩の背丈は一キロ以上
◆大寺院 沈没する船 裁判所 なみいる岩に赤鬼もをおり
大岡信が1978年のアメリカ旅行中、大自然が広がるアリゾナからユタ州へ北上した時に詠んだ短歌である。グランド・キャニオンをはじめ、ブライス・キャニオン、アーチーズ、ザイオンなど国立公園のもっとも密集していると地域をドライブした。あまりにも大きなスケールに圧倒され、写真やメモを放棄して、湧き出た表現手段として三十数年ぶりに短歌を思い出したのだ。ざっくばらんな言葉で即興的に詠み続け、三日間で八十七首の五七五七七を書き付けたという。
◆アスペンはいてふに似たれ葉は硬しからから鳴ればこころおどろく
◆キャニオンの薄暮はるかの谷底にコロラド河はしづくと沈む
◆植物を 緑のものと思ふなよ 緑は灰の欠けたるものぞ
◆「君の立つ岩の下なる湿気を吸ひ しつかりと生きるちび松ぞこれは」
*「君の・・・」はブライスキャニオンの説明版をそのまま歌にしたもの
◆Never seen such a beautiful sight といふ唄を聴きつつ荒地にはひる
まるでカメラのシャッターを切るように、眼前の、あるいは心象の風景を短歌形式で記録した。リズミカルに、即興的に、ユーモラスに・・・。その軽がるとした詠みぶりは、後に*歌会始の召人をつとめ詠んだ短歌にも繋がっている。
◆いとけなき日のマドンナの幸ちゃんも孫三たりとぞeメイル来る
* 2004年歌会始の題は、「幸」。
(西川敏晴記=研究会会長)