第六回大岡信研究会報告
詩篇「告知」をめぐって―大岡信における想像力と批評
現代詩の最先端を走りつづけている詩人・野村喜和夫氏を講師に迎えて行われた第6回大岡信研究会は、大岡の詩篇「告知」が1972年に発表されるまでの経緯を軸に進められた。それはあたかも詩人と批評家という一人二役をめまぐるしく演じさせつつすすむエクリチュールの劇を観るようだという野村氏は、その劇の真ん中に位置するエッセイ「言葉の出現」のテキストを辿りながら、その言語活動の劇にあらわれる詩生成の過程を我々に開示していった。それは、先に批評家としての看板を負わされてしまった大岡の詩人としての立ち位置を示す試みでもあった。
野村氏は、1966年に発表された詩作品「わが夜のいきものたち」は体裁を整えた表層のあらわれであり(むしろ批評家としての仕事)、1968年のエッセイ「言葉の出現」は深層と表層の分析であるとする(むしろ詩人としての仕事)。このエッセイは途轍もない大きな問題を扱っている重要なエッセイであるとし、自分を実験台にして言語問題を提示したのではないかと指摘。
また、1972年の作品「告知」は言葉にならないカオスとでもいえる深層のあらわれであるとし(大岡の造語である「幻語」)、表層よりも深層の方が勝っているということを「告知」したのではないかとの推論を披露した。自分の詩作を実験台にすることは勇気がいることなので、こうしたことが出来たのも韜晦しない大岡の率直な人となりがその背景にあったのでないかとも指摘。
さらに、このエッセイで援用されるシニフィアン、シニフィエの概念は、ソシュール言語学が一般的に論じられるのが80年代であることを考えると時期的に非常に早いことに注目し、大岡の先見性を読みとった。
作品の<生成>を示した大岡信「言葉の出現」と、作品の<構造>を示した入沢康夫『わが出雲 わが鎮魂』が同じ1968年に発表されたことのシンクロは、戦後現代詩のもっともスリリングな場面といえるのではないかと言及して、評価の高い入沢作品に並ぶ重要な作品として、詩人・大岡信の新たな位置づけを行った示唆に富む講演であった。(渡辺竜樹:大岡信研究会会員)