第二十六回大岡信研究会報告「データと言葉のあいだ:西垣通氏(情報学者、東大名誉教授)」
第二十六回大岡信研究会は、情報学者で東京大学名誉教授の西垣通氏を迎え、前回と同じくズームと会場の並立で開催された。演題は「データと言葉のあいだ」。西垣氏の父は、詩人であり俳人でもあった西垣脩氏であり、大学の後輩でもあった大岡の芸術的資質を高く評価して明治大学に招くなど、深い交流があったという。父が亡くなった時の大岡の温かい人柄や、父の詩集の解説などに心を打たれ、氏も大岡と直接的な交流がはじまり、その後の仕事の上でも、恩人であったと冒頭に語った。
西垣氏が、日立の研究員等を経て、情報技術と文学のあいだを融合する学術的研究へと歩を進める中で、季刊誌『花神』第1号で大岡と対談したのをはじめ、『へるめす』への寄稿から『デジタル・ナルシス』(岩波書店)でサントリー学芸賞を受けるに至るまで、その仕事の背景には大岡の支えがあったと感謝の思いを吐露した。
講演は、AI(人口知能)の歴史や、AIによって生じる明と暗を、幅広い思想的見地から紹介した後、データ処理と創造活動という問題に移っていった。情報学者として芽生えた問題を考える上で、氏は、大岡の著書『肉眼の思想』の中のいくつかの論を考察し、大岡のことばを引きながら話を展開した。特に大岡が「肉体的なるものの復権」を主張したことや、「命名」という言語機能の回復を力説した箇所を紹介し、データの塊でしかないチャットGPTなどの機械的知性と、生命的価値を背景にした人間の芸術的創造との違いを中心に、大岡の詩「詩とは何か」にまで遡りながら、大岡の思考の営為を広く展望して語った。
AIで詩や俳句を作ることができるかと問われる現代において、肉体の復権を主張した大岡の思想は、本当の言語芸術を考える上で辿り直すべきものであり、この時代にこそ、大岡の仕事の意味が高まってくるであろうと感じた。まずは、『肉眼の思想』から読み直してみたいと思った。
(渡辺竜樹:大岡信研究会運営委員)