第九回大岡信研究会のお知らせ

1952年年12月、大岡信は、東京大学国文科の卒業論文として「夏目漱石論」を書き上げ提出しました。この「夏目漱石―修禅寺吐血以後」は、1977年に発行された大岡信著作集(青土社)第4巻に収録されました。更に、1999年に出版された『拝啓 漱石先生」』(世界文化社)には、漱石に関する大岡の多様な論考と共に「漱石と「則天去私」」と題して再録されました。大岡信の中に長く存在しつづける夏目漱石について、そして大岡信と漱石の関係について、明治大学大学院で、大岡の薫陶を受けた夏目漱石の研究者である明治大学教授・松下浩幸氏が語ります。
ふるってご参加下さい。

日時:2017年5月28日(日) 14:00-15:30 (受付13:30より)
会場:明治大学リバティタワー研究棟 第一会議室
講師:松下浩幸(明治大学教授)
演題:大岡信と夏目漱石
会費:会員無料、会員外1000円(当日受付でお支払下さい)

講師紹介:松下浩幸(まつした・ひろゆき)
1960年生まれ。明治大学教授。専攻は日本近代文学。夏目漱石や樋口一葉などを中心に、日本の近代化と文学表象の関係を考察している。明治大学大学院時代に大岡信より「詩歌研究」の講義を受ける。著書に『夏目漱石―Xなる人生―』(単著)、『異文化体験としての大都市―ロンドンそして東京』(共著)、『論集 樋口一葉』(共著)、『別冊太陽 夏目漱石の世界』(共著)、『怪異とは誰か』(共著)、『モダニズム・コレクション叢書 サラリーマン』(編著)など

◎参加申し込みは、葉書に「第九回研究会参加申し込み」とご記入の上、住所、氏名、連絡先とお持ちの方はメールアドレスを明記して、大岡信研究会事務局(101-0064東京都千代田区猿楽町2-1-16下平ビル402)までご郵送下さい。電話03-3291-6569 

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第八回大岡信研究会報告

第八回大岡信研究会『大岡信と「櫂」―その頃とそれから―』
三浦雅士(文芸評論家、日本芸術院会員)

2017年1月29日、文芸評論家で日本芸術院会員の三浦雅士氏による『大岡信と「櫂」―その頃とそれから―』と題する講演に、大勢の聴衆が参加し、質疑応答も活発な盛会となった。
1969年頃『ユリイカ』の編集に携わるようになった三浦氏が初めて会った大岡は、すでに大きい存在だったが、時間が経るにつれ「山並みの中で、大岡さんは相当に大きい山」であることがわかってきたという。
若き大岡が、卒業論文としては実に本質的で十分文壇でも通じる夏目漱石論を書き上げていたにもかかわらず世に発表しなかったことや、当時の風潮では取り上げること自体避けるような保田與重郎について大岡が評論を発表したこと、これを文壇のスターだった三島由紀夫が激賞したのだが、大岡は特段喜んで三島に近づくこともなかったことを例に挙げ、大岡が、小説・批評を中心としたいわゆる「文壇」にあえて接近しなかった背景には、なによりも「詩」を第一とする大岡の考えが読み取れると指摘した。そこには、短期の風潮で動く「文壇」から遠く離れ、大きな流れの中でものごとを捉える大岡の特長がみえるという。この視点の距離感、大きさは、紀貫之や藤原定家らの作品の捉え方、また萩原朔太郎論の中においても明らかであるという。
大岡が加わった詩のグループ『櫂』は、メンバー自身も語っているように、仲良しクラブのようで、ぼわっとした感じのせいか、戦後詩史においては、先鋭でスターが揃う『鰐』のグループほど重要でないかように認識されているが、『櫂』のほうが実は圧倒的に重要なグループであることがわかってきたという。大きなタイムスケールの中で「詩」を捉え得る大岡を迎えた『櫂』は、大岡が安東次男、丸谷才一と一緒に巻いていた歌仙に刺激され、1971年に「連詩」を始めた。この『櫂・連詩』こそ、日本文学において非常に重要である「合わす心」ということを「詩」において試みた最初であり、日本語がどのようなもので、日本文学における最大の形式としての五七五七七が、どういう意味を持つか、ということに関しても、実感的に深いことを行った類のないグループであったという。この試みも、日本文学の大きなうねりの中で現在の「詩」を考察する大岡の「捌き」があってこそであったと三浦氏は指摘した。
資料として配布された『櫂・連詩』の「第三回珊瑚樹の巻」、「第六回夢灼けの巻」に触れながら、氏は、その中で行われた詩行の実験や、合わせていくプロセスで一層露わに出てくるそれぞれの個性を紹介しながら、(例えば茨木や吉野のわかりやすさはその理屈からくること、谷川の理性や大岡の直感など)、『櫂』の文学史上の意義について言及していった。
また三浦氏は、人間の重要なことは、「人柄がいい」ということが一番であり、それが文学の根本なんだということをはっきりと確信していたのが大岡信だと指摘。それが『櫂』の原理であり、『櫂・連詩』が出来た前提であると分析した。
三浦氏のテンポのよい語り口と、エピソードを交えた多彩な分析に、新たな大岡像が摘出され、あっという間の1時間半であった。(渡辺竜樹:大岡信研究会会員)

第八回大岡信研究会のお知らせ(終了しました)

1950年代、詩論で知られるようになった大岡信は、茨木のり子と川崎洋が始めた詩のグループ「櫂」に誘われ、参加しました。戦後詩に明確な足跡を刻んだ「櫂」の活動と大岡信について、またその頃の大岡信の仕事や周辺についても、大岡信を最もよく知る一人であり、大岡信に関し多く語り、執筆している文芸評論家の三浦雅士氏が語ります。ふるってご参加下さい。

日時:2017年1月29日(日)14:00~15:30(13:30開場)
場所:明治大学リバティ・タワー研究棟第1会議室
講師:三浦雅士(文芸評論家)、日本芸術院会員
題名:大岡信と「櫂」―その頃とそれから―
会費:会員無料、会員外1000円(当日受付でお支払下さい)

講師紹介:1946年生まれ。1970年代、「ユリイカ」「現代思想」編集長として活動。1980年代から評論家として、文学、美術、思想、科学など多方面に執筆活動。1991年には「ダンスマガジン」を創刊し、編集長に。1994年、思想誌「大航海」を創刊し編集長に。また「大岡信著作集」「大岡信全詩集」の大岡信年譜を制作。主な著書に「私という現象」「主体の変容」「メランコリーの水脈」(サントリー学芸賞受賞)「身体の零度」「青春の終焉」「出生の秘密」「考える身体」など多数。

◎参加申し込みは、葉書に「第八回研究会参加申し込み」とご記入の上、住所、氏名、連絡先とお持ちの方はメールアドレスを明記して、大岡信研究会事務局(101-0064東京都千代田区猿楽町2-1-16下平ビル402)までご郵送下さい。電話03-3291-6569 
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会誌「大岡信研究」第二号発行

大岡信研究会は、会誌「大岡信研究」第二号を2016年10月25日発行しました。
第二号の内容は以下の通りです。
大岡信研究会の会員の皆様へは発送しています。
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大岡信研究 2016 第二号
★巻頭
大岡信の詩「私は月にはいかないだろう」 
血と汗の地球から、汚された天空をみる  西垣 通
★大岡信研究会
第四回 大岡信の社会学  土屋恵一郎
第五回 大岡信さんから学んだこと  八木忠栄
第六回 詩編「告知」をめぐってー大岡信における想像力と批評ー  野村喜和夫
★連載
大岡信の「手帖」とノート②  大岡信研究会編
★この一年  西川敏晴

第二号の購入をご希望の方は、大岡信研究会事務局(電話03-3291-6569)までご連絡下さい。(頒価1部1000円)
なお、2016年末までに2017年度新規会員に申し込まれた方には、第二号を無料でお送りします。
この機会に是非、新規会員にお申込み下さますようご案内致します。
会員申し込みの詳細は、メニューの「入会の案内」をクリックしてご覧下さい。

第七回大岡信研究会報告

大岡信さんと私ー二つの言語を通してー「折々のうた」の英訳
bichiman第七回大岡信研究会は、講師にドナルド・キーン氏の愛弟子であり、正岡子規、与謝野晶子など日本の近代詩歌の研究で著名なジャニーン・バイチマン氏を迎えて行われた。
バイチマン作新作能Drifting Fires を大岡信が「漂炎」に和訳するなど二人のさまざまな交流の中から、講演は「折々のうた」の英訳を中心に進められた。まず、大岡信の詩への姿勢を示すものとして、バイチマン氏は、配布資料の冒頭に、第五回講師の八木忠栄氏が引用した「泥について」(「文明のなかの詩と芸術」思潮社1966年)の最後部分「・・・いつでも泥みたいに不定形でありたい。直立不動の姿勢は真平だ。」を揚げた。また、「折々のうた」(岩波新書版1980年)のあとがきを引用し「私は古今の詩句を借りてそれをあらゆるやかな連結方法によってつなぎとめながら、全体として一枚の大きな言葉の織物ができるように、それらを編んでみたいと思ったのである。」という大岡信の壮大な展望を改めて喚起させた。
「折々のうた」の英訳は、朝日新聞の英字紙Asahi Evening Newsに、 A Poet’s Notebookと題して掲載されて始まったという。当時のコラム内の構成は、ローマ字でフリガナがつけられた日本語詩歌が中央に、バイチマン氏の英訳が左に、そして大岡信の文章の英訳が右に掲載されていた。英訳するにあたって、二人の間で頻繁にファックスのやりとりがあった。そのコピーがスクリーンに示され、大岡が語順の変更を提案する添え書きや、バイチマン氏の英訳を讃えた勢いある筆跡など生き生きとしたコミュニケーションが見られたのも興味深かった。
相良宏の短歌「白壁を隔てて病めるをとめらの或る時は脈をとりあふ声す」(1992年7月12日掲載)を採りあげ、バイチマン氏が「をとめ」をどう訳すかに悩み、日本人の夫君や当時中学生の娘さんの意見も聞いて、最終的に「病めるをとめら」はthe feverish virginsとしたエピソードが語られた。氏は、翻訳は決して一人だけでするものではなく、いろいろな意見を聞いたり、取り入れたりすることで、より良い翻訳が可能になると強調した。
この英字新聞掲載の英訳をとりまとめて、1994年5月にA Poet’s Anthology The Range of Japanese Poetry (序文ドナルド・キーン氏)がトマス・フィッツシモンズ氏(詩人、大岡信と連詩「揺れる鏡の夜明け」を刊行)により発行された。この時、フィッツシモンズ氏から「季節ごとに詩歌を整理する必要はないか」との問い合わせに、大岡は「ノー」と極めて強い調子で回答した・・というのも、その理由には、「不定形の泥」も思い起こされるなど、いろいろ考えさせられる興味深い話だろう。
講演で、思いがけない贈り物は、バイチマン氏が英字紙に掲載された「折々のうた」から十三の日本語の詩歌とその英訳を朗読したことである。日本語、英語のいずれも美しい発音と調べで朗誦され、参加者を魅了した。朗読の途中、翻訳の苦心談も語られたが、中でも、蕪村の「月天心貧しき町を通りけり」の「貧しき町」をどう訳すか・・と考えていた時、「ゲットー」という言葉を思いついたという。翻訳の際、元の言語の背景を大事にするかあるいは英語圏あるいは西洋文化に則した言葉を使うかとの選択は、難しく、思案のしどころ・・とバイチマン氏は述べたが、この「ゲットー・ストリート」により、蕪村の俳句は、確かに地球的空間と時間を持ったといえるだろう。参加者は、平安時代から現代までの幅広い日本詩歌の英語訳を、翻訳者から直に聴くという経験によって、韻、リフレイン、表記方法など、詩のさまざまな要素が呼び起こされて、楽しく魅力的な研究会が実現された。(越智淳子:大岡信研究会運営委員)

第六回大岡信研究会報告

詩篇「告知」をめぐって―大岡信における想像力と批評
nomura現代詩の最先端を走りつづけている詩人・野村喜和夫氏を講師に迎えて行われた第6回大岡信研究会は、大岡の詩篇「告知」が1972年に発表されるまでの経緯を軸に進められた。それはあたかも詩人と批評家という一人二役をめまぐるしく演じさせつつすすむエクリチュールの劇を観るようだという野村氏は、その劇の真ん中に位置するエッセイ「言葉の出現」のテキストを辿りながら、その言語活動の劇にあらわれる詩生成の過程を我々に開示していった。それは、先に批評家としての看板を負わされてしまった大岡の詩人としての立ち位置を示す試みでもあった。
 野村氏は、1966年に発表された詩作品「わが夜のいきものたち」は体裁を整えた表層のあらわれであり(むしろ批評家としての仕事)、1968年のエッセイ「言葉の出現」は深層と表層の分析であるとする(むしろ詩人としての仕事)。このエッセイは途轍もない大きな問題を扱っている重要なエッセイであるとし、自分を実験台にして言語問題を提示したのではないかと指摘。
また、1972年の作品「告知」は言葉にならないカオスとでもいえる深層のあらわれであるとし(大岡の造語である「幻語」)、表層よりも深層の方が勝っているということを「告知」したのではないかとの推論を披露した。自分の詩作を実験台にすることは勇気がいることなので、こうしたことが出来たのも韜晦しない大岡の率直な人となりがその背景にあったのでないかとも指摘。
さらに、このエッセイで援用されるシニフィアン、シニフィエの概念は、ソシュール言語学が一般的に論じられるのが80年代であることを考えると時期的に非常に早いことに注目し、大岡の先見性を読みとった。
作品の<生成>を示した大岡信「言葉の出現」と、作品の<構造>を示した入沢康夫『わが出雲 わが鎮魂』が同じ1968年に発表されたことのシンクロは、戦後現代詩のもっともスリリングな場面といえるのではないかと言及して、評価の高い入沢作品に並ぶ重要な作品として、詩人・大岡信の新たな位置づけを行った示唆に富む講演であった。(渡辺竜樹:大岡信研究会会員)

第七回大岡信研究会のお知らせ(終了しました)

IMG_0961-1 日本文学研究の泰斗ドナルド・キーン氏の愛弟子のひとりとして、正岡子規、与謝野晶子研究等日本の近代詩歌研究で知られるジャニーン・バイチマン博士は、大岡信の詩や「折々のうた」を英訳しています。また大岡信はバイチマン作の新作能「漂炎」を和訳しています。詩歌や翻訳をめぐり長年にわたる二人の交流と創作を語ります。

日時:2016年9月25日(日)14:00~15:30(開場13:30)
会場:明治大学リバティタワー研究棟第1会議室
講師:ジャニーン・バイチマン 大東文化大学名誉教授、日本文学研究者 
題名:大岡信さんと私―二つの言語を通して―
参加費:会員500円、会員外1000円 当日受付にてお支払い下さい。

参加申し込みは、葉書に「第七回研究会参加申し込み」とご記入の上、住所、氏名、連絡先とお持ちの方はメールアドレスを明記して、大岡信研究会事務局(101-0064東京都千代田区猿楽町2-1-16下平ビル402)までご郵送下さい。電話03-3291-6569 
Eメールで申し込まれる場合は、こちらから

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講師紹介(ジャニーン・バイチマン):大東文化大学名誉教授。文学博士(コロンビア大学)。著書に、MasaokaShiki: His Life and Works (正岡子規評伝及び作品)Embracing the Firebird:Yosano Akiko and the Birth of the Female Voice Modern Japanese Poetry (与謝野晶子初期の評伝と「みだれ髪」研究)。訳書に、Poems for All Seasons (大岡信「折々のうた」)、Beneath the Sleepless Tossing of the Planets (大岡信の1972-1989詩選集)、The End of Summer (瀬戸内寂聴「夏の終り」)など。創作に、英語による新作能 Drifting Fires (大岡信による和訳「漂炎」がある)。

第六回大岡信研究会のお知らせ(終了しました)

詩篇「告知」をめぐって──大岡信における想像力と批評
IMG_0788大岡信さんの詩において想像力と批評とがもっともスリリングに絡みあうのは、詩篇「告知」をめぐってではないでしょうか。大岡さんはまず、詩篇「わが夜のいきものたち」を発表し(1966)、ついでその制作の経緯をエッセイ「言葉の出現」に書き(1968)、最後に、「わが夜のいきものたち」のもとになった記録を詩篇「告知」と題して詩集『透視図法──夏のための』に収録しました(1972)。なにが起こっているのでしょう。それはたんに、決定稿→自作解説→記録という発表順序のあべこべ現象を示しているにすぎないのでしょうか。ちがうと私は考えます。そこには、大岡さんのなかで詩人と批評家がいわば「ひとりコラボ」しているエクリチュールの劇が展開されているのではないか。そしてその劇は、エッセイ「言葉の出現」と同年に刊行された入沢康夫さんの『わが出雲 わが鎮魂』とともに、戦後現代詩の冒険のハイライトをなすものではないかと。(野村喜和夫)

日時:2016年5月29日(日) 14:00~15:30 (開場13:30)
会場:明治大学リバティタワー 研究棟2階第9会議室 *
講師:野村喜和夫(詩人)
題名:詩篇「告知」をめぐって──大岡信における想像力と批評
参加費:会員500円、会員外1000円
当日受付にてお支払い下さい。
*リバティタワー正面口からエレベーターまたはエスカレーターで3階へ。右手奥の渡り廊下を渡って研究棟へ。タワーの3階は研究棟の4階になりますので、エレベーターで2階へ。右手の会議室番号案内に従って進み、奥に第9会議室があります。

参加申し込みは、葉書に「第六回研究会参加申し込み」とご記入の上、住所、氏名、連絡先とお持ちの方はメールアドレスを明記して、大岡信研究会事務局(101-0064東京都千代田区猿楽町2-1-16下平ビル402)までご郵送下さい。電話03-3291-6569  
Eメールで申し込まれる場合は、こちらから野村写真① (2)
講師紹介:野村喜和夫(のむら・きわお)
1951年10月20日埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の先端を走りつづけるとともに、小説・批評・翻訳なども手がける。著訳書多数。詩集『特性のない陽のもとに』(思潮社、1993)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社、1999)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田、2003)で第21回現代詩花椿賞、評論『移動と律動と眩暈と』(書肆山田、2011)および『萩原朔太郎』(中央公論新社、2011)で第3回鮎川信夫賞、『ヌードな日』(思潮社、2011)および『難解な自転車』(書肆山田、2012)で第50回藤村記念歴程賞、英訳選詩集『Spectacle & Pigsty』(Omnidawn、2011)で2012 Best Translated Book Award in Poetry (USA)受賞。

第五回大岡信研究会報告

「大岡信から学んだもの」八木忠栄(詩人、俳人)

DSCF9394第五回大岡信研究会は、1月31日、元『現代詩手帖』編集長で詩人・俳人の八木忠栄氏が「大岡信から学んだもの」と題して講演した。
氏は、11年間の編集者生活において、大岡との交流から学んだこと、同じ詩人として感じたことなど、多くのエピソードを、ユーモアを交えながら語った。
大岡本人に出会う前に、氏はまず大岡作品に出会った。最初は、1960年に出版された『大岡信詩集』(書肆ユリイカ)。まぶしそうで憂いがあるような著者の肖像写真にも惹かれたという。次に1964年ごろ現代詩の雑誌に掲載されていた大岡の「泥について」という文章。これに「まいってしまった」という。その後、1965年7月に思潮社に入社し編集者として大岡信に出会った。1966年1月号から現代詩手帖の編集を行うようになり、「わが夜のいきものたち」や「地名論」など大岡詩の傑作の誕生に立ち会うことになる。詩「地名論」が生まれるまでのエピソードが殊におもしろい。この頃、大岡は明治大学で教鞭を取っており、詩を依頼した時期がちょうど入試時期にかかり、大変な忙しさで、大岡が締切に気が付いた時は、その前夜だったという。大岡が徹夜で仕上げた原稿をみて、午前3時に起きて水道管を捻った時にふと出てきた言葉を書いてこんな素晴らしい詩ができるのか、と驚嘆したという。明治大学大学院の建物内で原稿をもらった時、「君はひでえや」と言われたが、「こういうちょっと荒っぽい言葉づかいをする大岡さんが大好き」と語った。編集者にとっては、大岡は、守備範囲が広く懐が深いので、座談会、対談、インタビューなど、どの面においても、安心してお願いできる人であり、また大岡の談話は、テープを起こしたらそのまま原稿になる話しぶりであったという。氏が大岡に怒られた時の思い出も語られ、しかし、大岡の「怒ってもあとにひかない」人柄が紹介された。
「もっと甘えればよかったなあ」と悔やむ氏の姿に、中心軸に大岡がいた時代に詩誌編集に携わったことの幸せと、「大岡信」という類稀なる人物にめぐりあったことの大きさが滲んでいた。
講演の最後に、1981年に自らカメラを回して撮影した詩人たちの姿を上映して、詩の熱い時代を回顧した。(渡辺竜樹)

「大岡信研究」論文募集

大岡信研究会では、大岡信に関する研究論文を下記の要綱にて募集します。
優秀とみとめられた論文は会誌「大岡信研究」誌上に発表します。

■内容:大岡信に関する研究論文(未発表のものに限る)

■枚数:手書きの場合は四百字詰め原稿用紙(A4横 縦書)30枚以内。パソコンの場合は12,000字以内。プリント(A4横 縦書き)したものにCD-ROM等のデータファイルを添付。
*タイトルをつけること
*氏名、住所、電話番号を明記した表紙を添付すること
☆送付後の訂正は不可
☆控えは必ずお取りください
☆発表前のお問い合わせには応じられません
☆規定に沿っていない場合は対象外になる場合もあります

[応募要項]
●資格:「大岡信研究会」会員(賛助会員も含む)
●締切:2016年6月30日(必着)
●発表:「大岡信研究」二号(2016年10月発行予定)
●選考委員:「大岡信研究会」運営委員

☆送付先:101-0064 東京都千代田区猿楽町2-1-16
     下平ビル402 花神社内
     「大岡信研究会 論文募集」事務局